がん免疫療法(免疫療法)
【1】人間が元来持っている免疫の力を生かしてがんを治療する方法は、特に「がん免疫療法」と呼ばれます(単に「免疫療法」とも言われます。)。これまでのがん免疫療法では、体全体の免疫を高めようと、活性化リンパ球療法、NK細胞療法、BRM療法などが開発されましたが、いずれも進行がんに対する単独での有効性は証明されませんでした。これらは、いわゆる非特異的がん免疫療法に分類されます。21世紀に入り、抗がん剤治療では「正常細胞に影響なく、がん細胞だけを攻撃する。」という「特異的」な抗がん剤(分子標的薬など)が、化学療法で取り入れられるようになりました。この進歩はがん免疫療法の分野でも同様に起こりました。すなわち、がんに非特異的な免疫を高める免疫療法から、がん細胞に対して特異的な免疫力を高める「特異的がん免疫療法」が開発されるに至りました。
当院が提供する樹状細胞局所療法を基軸とした多段階免疫調整によるがん治療も、この特異的がん免疫療法に分類されます。近年、ニボルマブ、イピリムマブに代表されるような免疫チェックポイント阻害剤(ICI)が登場したことによって、特異的がん免疫療法の効果をより高めることができるようになりました。
【2】がんが発生するとき、体の中の1個の細胞が突然変異を起こしてがん細胞になり、それが増殖してがんの塊を作って、がんという病気になります。ところが、私たちの体の中では、いつもがん細胞が発生していると一般に考えられています。それは私たちの体は60兆個とも70兆個ともいわれるような、多くの数の細胞でできていますが、それだけの数の細胞を持つ体が60年も生きている間に、その中のただの1個の細胞だけが突然変異によってがん細胞になる、などということは、確率が低過ぎて、とても考えられないというのがその主な理由です。そのため、体の中に生じたがん細胞の大半は、塊にまで増殖する前の芽のうちに潰されてしまっている、ということになります。これを実現しているのは、免疫細胞だと信じられています。つまり、免疫細胞にはもともとがん細胞に対抗して、これを抑え込もうとする力があり、たまたまがん細胞がなにかの理由で免疫細胞の監視の目を潜り抜けて増殖をはじめると、力のバランスががん細胞の側に傾き、免疫細胞が抑えきれずにがん細胞がどんどん増殖してしまうということになります。
このとき、力のバランスを再び免疫細胞の側に傾けるためには、がんの力を弱めるか、免疫細胞の力を強力にしてやるしかありません。がんの力を弱めることを目的としたがん治療が、いままでの通常療法です。その中でも、抗がん剤などは、がんの力を弱めるけれども免疫の力も弱めてしまうので、力のバランスを免疫側に傾けることにはなかなかなりません。これに対して免疫療法は、免疫細胞の側の力を強めることによって、力のバランスを免疫細胞の側に傾けようとするものです。
しかし、免疫の力をよほど強めてやらなければ、力のバランスが免疫の方に傾くことにはならないでしょう。ここががん免疫療法の難しいところです。免疫細胞にもいろいろあり、時代によってがんに対する免疫反応の中心と考えられた細胞はまちまちですが、現在では、がんに対して一番強力に、また中心的に働いているのは、リンパ球、その中でも細胞障害性T細胞(Cytotoxic T Lymphocyte: CTL)だと考えられています。そこで、現在のがん免疫療法は、CTLの力を直接・間接的に強めることを軸として行われています。
胸腺で自己の正常タンパク質やペプチドに反応する、不要なリンパ球が除去された後に残ったリンパ球の中に、遺伝子変異によって発生したがん細胞が作り出す異常なペプチドに反応しうる受容体を持つ特殊なリンパ球、すなわちCTLが含まれていることが分かっています。ただし、樹状細胞が壊れたがん細胞を取り込み、ペプチドに分解し、異常なペプチドをMHCと結合させて細胞表面に出し、CTLを刺激するという作用が不可欠です。この刺激がないと、CTLは活性化されません。このCTLを最大限に利用した免疫細胞療法が、がん征圧の決め手になることも、免疫チェックポイント阻害剤の効果のメカニズムを追求する中で、次第に明らかになってきました。