がんと免疫のお話し
Cancer and Immunity

乳がんの概要

 近年、乳がん患者数の増加は著しく、女性が罹患する悪性腫瘍では第1位となっています。日本では、年間約4万人が乳がんに罹患し、約1万人が乳がんのために命を落としています。しかし、乳がんは早期に発見して適切な治療を行えば、決して不治の病ではなく、完治することができます。治療の中で、手術は大切な柱ですが、一方、乳がんは早期から全身病と考えられるので、多くの患者さんで全身治療が必要になります。
 がんができた乳房に対する局所治療としては、手術と放射線治療があります。これに対し、全身治療はいわゆる薬物治療になりますが、ホルモン療法、化学療法、分子標的治療の3つがあります。これらの局所治療と全身治療を、個々の患者さんのがんの特性によって適切に選択し、組み合わせることが乳がんの完治を目指す上で大変に重要なことになります。しかし、完治を目指し治療を受けたにも関わらず、転移・再発を来す患者さんもいらっしゃいます。また、すでに骨・肝臓・肺などの遠隔臓器に転移した状態で乳がんの診断を受ける方もいます。このような全身転移を来した場合、乳がんに対する治療は、完治を目指さないまでも、患者さん個々の症状、治療に依る副作用、ならびに心理的不安などを抑え、生活の質を保ちながら、乳がんと上手に付き合い、少しでも長く生活することを目指した治療を行う場合があります。

■ 乳がんに対する治療の実際
(1)手術
 乳がん治療の発展は、放射線療法や薬物療法の進歩によるところが大きいですが、現在でも原発巣である乳がんのしこりや腋のリンパ節を切除する手術療法は、集学的治療の欠かせない柱になっています。乳がんに対する手術療法も、近年、大きな進歩がみられるようになりました。20数年ほど前までの、乳房を全て切除する手術しか考えられなかった時代とは全く異なり、個々の患者さんの病気や希望によって、いろいろな手術治療を選択できる時代になってきました。
 1980年代半ばまでの乳がん手術は、乳房、大・小胸筋、リンパ節を切除する術式が標準でしたが、その後、乳がんをきちんと切除できれば切除の範囲が大きくても小さくても手術後の経過はかわらないことが分かってきました。そのため、1990年代以降、胸筋を残して乳房とリンパ節のみを切除する手術が行われるようになりました。そして、現在では乳房のみを切除する手術(乳房温存術)が標準術式となってきました。リンパ節に関しても、センチネルリンパ節生検により、転移がない場合はリンパ節切除をしない術式が行われています。乳房温存術は、しこりの大きさが3cmまでの人に推奨されます。乳房温存術後は、原則的に放射線治療を行う必要があります。

(2)ホルモン療法
ホルモン療法には女性ホルモンのエストロゲンがホルモン受容体と結合するのを阻止する方法、卵巣機能を抑制してエストロゲン産生を抑える方法、及びエストロゲン自体を作らないようにする方法(アロマターゼ阻害剤)があります。いずれも外来通院で治療可能です。
(a)抗エストロゲン剤
乳がん細胞増殖を促すエストロゲンを取り込むのを邪魔する薬です。抗エストロゲン剤が乳がん細胞の表面の受容体にくっつき、エストロゲンと結合するのを防ぎます。タモキシフェンは閉経前、閉経後のいずれにも使用できますが、閉経前に比べ、閉経後の人により高い効果が見られています。
(b)アロマターゼ阻害剤
体内のエストロゲン量を減らす薬ですが、閉経後の人に用いられます。エストロゲンは閉経前の人では卵巣で作られますが、閉経後の人は卵巣機能が低下しているため、男性ホルモンであるアンドロゲンからエストロゲンを作り出します。アロマターゼ阻害剤は、アンドロゲンからエストロゲンを作るときに働くアロマターゼという酵素の働きを抑制し、エストロゲンの産生を低下させます。

(3)放射線治療
乳房温存手術を受けた人、乳房切除術を受けた人で、腋の下のリンパ節に転移がん見られた人や腫瘍が大きかった人に再発を防ぐために放射線治療を行います。乳房温存手術を受けた場合は、温存した乳房全体に放射線治療を行います。乳房切除術を受けた場合は腫瘍のあった側の胸壁に放射線を照射します。

(4)がん免疫療法
乳がんにおいては、HER2、MUC1、CEAといわれる多くのがん細胞の目印になっていると考えらえる分子を標的として、1990年代より樹状細胞やウィルスを使用した、がん免疫療法(がんぺプチドワクチン療法)の小規模な臨床試験が行われました。がん免疫療法の有効性を評価するには、まず、ワクチン接種を受けた患者体内にワクチンに用いたがん抗原特異的にがんを攻撃・破壊するリンパ球である細胞障害性T細胞が誘導できたかどうかを評価する必要があります。これらの臨床研究では、細胞障害性T細胞や抗原特異的抗体の誘導など、患者の体内に腫瘍特異的な免疫能が誘導されることは確認されました。免疫療法は時間をかけ効果を発揮するため、その効果を科学的に明らかにするには、生存期間の延長を示すことが適切だと考えられています。しかし、当時は腫瘍が小さくなる効果や奏効した率を求め、その結果が満足いくものでは無かったため、臨床に応用されているものはありません。当院が提供するがん複合免疫療法は、過去の研究結果を踏まえ、免疫チェックポイント阻害剤や低用量抗がん剤なども使用して、多角的にがんを攻撃し、そして治療成績の向上を図っています。

>「乳がんの種類」ページへ

>「乳がんに関する最新のニュース」ページへ

>「乳がんの治療」ページへ

一覧はこちら